1978年に、ギャルリーヴィヴァンでの最初の個展を開いた。その時のテーマが「黒の触視覚」
パリ時代からずっとこだわっていた黒が、次第に重厚さを増し、黒々といろいろな物質、人体を覆うようになっていった。黒そのものをあたかも色としてより、生き物のように感じ表現したかったのかもしれない。
エッチングという技法は、時に実に禁欲的な作業に思われる。冷たく硬い銅板に向かって、もくもくと
ひたすら削ったり、塗ったりする作業をくりかえす。やっと、版ができると印刷の試し刷りがはじまる。
当時は、まだアトリエも完備していなかったため、マンションのベランダに1トンもする大型のプレス機を置いたはよいが、半分以上は上のベランダのひさしからはみだし、雨の時は、ぬれ放題。展覧会が近づくと、印刷が大変だった。うっかりすると、子どもが硝酸の入ったバット(プラスチックの大型容器)の中で裸足であそんだり、プレス機から飛び降りたり。元気な子どもと格闘しながらの制作だった。この頃まで、ワタシも版画を制作していたので、2人一緒の作業も多かった。
1978年に銀座7丁目のあたらしい場所に越したため、かなりまとめた作品を発表することができた。
その後、熊本、名古屋、札幌の画廊での個展がつづいた。
マダム