久々にブログをかくのは、一枚の案内状から。先週宮崎静夫さんの熊本美術館での個展案内状を受取り、お元気に活躍とおもいよくみると、4月に亡くなったとの奥様のコメントが目にとまった。
会期が5月26日から31日とあるのは、かなり前から準備していたはずなのにと、展覧会の開催を待たずお亡くなりになり、ざぞかし無念だったのではないかと推測した。
今年が戦後70年ということもあり、戦争に関する記事もいつになく目につくが、戦争を体験した方々がだんだん少なくなり、その悲惨な思いを伝える機会も少なくなることを考えると、宮崎さんの
戦争体験から生まれた真摯な死者にたいする熱い想いを生涯にわたり描きつづけることが、いかに歴史的に重要なのか、今更その執念に敬服した。先週土曜日朝日新聞の惜別欄にも、紹介されている。
2015年5月18日月曜日
2015年3月3日火曜日
オヴニー&zoom 最新版が届きました!
パリのいりふね社主宰の君江さんから、最新のOVNI誌とZOOM JAPON誌が送られてきました。
パリから、日本を見る視点がよくわかります。
すみません!まだイメージ挿入に慣れていないのでイメージチェンジができません!
今日は、スタッフが休みで訂正できませんので、このままご覧ください。
オヴニー誌の中に、今、パリのSAKURA堂ギャラリーで開催されている、フランス人の風刺イラストレーター、ミッシェル グランジェの展覧会が紹介されています。先月、たまたまいりふね社の事務所でさくら堂の社長にお会いしましたが、そのあとにグランジェが事務所に来て、ヴィヴァンの話が出たとき、そのギャラリーの緒方さんならよく知っているいうことになり、君江さんから驚きのメールが届きました。
グランジェの作品を知ったのは、まだ画廊をはじめたばかりのころ、たまたまパリでみつけたシルクスクリーンのグランジェのポスターに関心をもち、どういうつてか忘れてしまいましたが、彼の家まで訪ねた記憶を思い出しました。彼のポスターと版画展もずいぶん昔開催したこともありました。
彼が、まだ健在で活躍していること、ヴィヴァンのことを覚えていることをしり、しかも君江さんの
事務所で!なんと、世の中のご縁は深いかということをあらためて実感しました。
パリから、日本を見る視点がよくわかります。
すみません!まだイメージ挿入に慣れていないのでイメージチェンジができません!
今日は、スタッフが休みで訂正できませんので、このままご覧ください。
オヴニー誌の中に、今、パリのSAKURA堂ギャラリーで開催されている、フランス人の風刺イラストレーター、ミッシェル グランジェの展覧会が紹介されています。先月、たまたまいりふね社の事務所でさくら堂の社長にお会いしましたが、そのあとにグランジェが事務所に来て、ヴィヴァンの話が出たとき、そのギャラリーの緒方さんならよく知っているいうことになり、君江さんから驚きのメールが届きました。
グランジェの作品を知ったのは、まだ画廊をはじめたばかりのころ、たまたまパリでみつけたシルクスクリーンのグランジェのポスターに関心をもち、どういうつてか忘れてしまいましたが、彼の家まで訪ねた記憶を思い出しました。彼のポスターと版画展もずいぶん昔開催したこともありました。
彼が、まだ健在で活躍していること、ヴィヴァンのことを覚えていることをしり、しかも君江さんの
事務所で!なんと、世の中のご縁は深いかということをあらためて実感しました。
2015年3月2日月曜日
サンジェルマンの夕暮れどき
去年2月パリに行ったとき、たまたまサンジェルマン教会の前で中年おじさんグループのバンドが演奏していましたが、今年1月にも同じ場所でおなじと思われるおじさんバンドがなつかしい
ジャズを演奏していました。初夏や真夏には、観光客であふれるこの教会前のプチ広場は、大道芸人のパフォーマンスで活気にあふれていますが、冬の寒い夕暮れに聴く渋い演奏もノスタルジックな郷愁を感じます。サンジェルマン教会の1000年を迎えるポスターが風になびいてました。
ジャズを演奏していました。初夏や真夏には、観光客であふれるこの教会前のプチ広場は、大道芸人のパフォーマンスで活気にあふれていますが、冬の寒い夕暮れに聴く渋い演奏もノスタルジックな郷愁を感じます。サンジェルマン教会の1000年を迎えるポスターが風になびいてました。
2015年2月26日木曜日
2015年2月24日火曜日
パリの街角ポスター続き
なかなか思うように写真のアップができず、今日も又チャレンジです。サンぺの続き。3点連作の1点です。しばらく練習が続きます。サンぺの上は、落書きです。昨年も同じ場所をとうりましたが、
違う落書きでした。描く人も、自分の場所とばかりずいぶん楽しんで描いてますね。
違う落書きでした。描く人も、自分の場所とばかりずいぶん楽しんで描いてますね。
2015年2月23日月曜日
2015年2月17日火曜日
パリのポスター風景&落書き
1月にパリに行った折、いろいろ印象深かったポスターをいろいろ写し、アップしようと何度も試みたが、なかなか思うように進まず、そのままになっていました。
やっと、要領がわかってきましたので、アップしてみます。
なんといっても、シャンゼリゼ通りでめだったのが、700万部売れたという「シャルリ エブド」誌の
広告ポスター。
やっと、要領がわかってきましたので、アップしてみます。
なんといっても、シャンゼリゼ通りでめだったのが、700万部売れたという「シャルリ エブド」誌の
広告ポスター。
2015年2月11日水曜日
四十年パリに生きる
さて、これは大学時代の友人小沢君江さんが昨年緑風社から出版した本のタイトルです。サブタイトルはーオヴニー一筋ー。パリに住んでる方なら殆ど知っている、又旅行に行った方でもパリのどこかで目にしたことのある日本語パリの情報ガイド誌オヴニー。オヴニー誕生以前は、「いりふねという」タイトルで、ざらざらした紙と活版刷りの荒削りの感触が残る非常に素朴なものだった記憶があります。そのオブニーの最近版をいただきましたが、今は、印刷もオフセットとなりページも増え、情報も増え、パリの日本人社会がいかにフランスで活性化していることがよく伝わってくる内容です。小沢さんは、ご主人のベルナール ベローさん(彼も早稲田大学時代の友人です)とともに
この情報誌出版に人生の大半を過ごしてきたその過程での、さまざまな葛藤をとうして遭遇した
日本とフランス、日本人とフランス人の視点を率直に述べています。
オヴニーは、月2回発行され、日本から購読を申し込むことも可能です。
このオヴニーを出版している事務所は、パリにある日本カルチャーセンターともいえるエスパス ジャポン(ESPACE JAPON)の一角にあります。そこでは、日本語教室、料理教室、図書室(なんと2万冊の本を所蔵しています。)イベントスペースなどがあり、日本に関心のあるフランス人やパリ在住日本人が交流する場
となっています。パリに関心のある方にお勧めです。
この情報誌出版に人生の大半を過ごしてきたその過程での、さまざまな葛藤をとうして遭遇した
日本とフランス、日本人とフランス人の視点を率直に述べています。
オヴニーは、月2回発行され、日本から購読を申し込むことも可能です。
このオヴニーを出版している事務所は、パリにある日本カルチャーセンターともいえるエスパス ジャポン(ESPACE JAPON)の一角にあります。そこでは、日本語教室、料理教室、図書室(なんと2万冊の本を所蔵しています。)イベントスペースなどがあり、日本に関心のあるフランス人やパリ在住日本人が交流する場
となっています。パリに関心のある方にお勧めです。
2015年2月3日火曜日
パリのカッフェピアフで日本人シンガーの歌を聴く!
まだ、ブログ設定方法をよく把握していないため、せっかく昨日書き込んだカッフェ ピアフでの日本人シンガーの話と写真が消えていてショック!パリの街角イメージを添付しようとしたら、昨日
アップした写真の一部がでてきました。一体どうなってるのでしょう。ためしにアップしてみます。
アップした写真の一部がでてきました。一体どうなってるのでしょう。ためしにアップしてみます。
2015年1月31日土曜日
パリで日本人のシャンソンを聴く
先日パリに滞在したおり、大学時代の友人小沢君江さんから、カッフェ ピアフで日本人歌手がピアフとバルバラを歌うので聴きに行きましょうとお誘いがあり、なぜパリで日本人のシャンソンを?と一瞬思ったが、そこは、ピアフが生前通っていたカッフェ バーでその名も「Bar de la Piaf」といい、店内は、ピアフの思い出の写真やポスターが貼られ、ピアフの歌を聴くには最高のステージでした。みんな、片手にグラスを傾けながら、Kondo Masaharu氏のピアノ伴奏で、Mari Kazueさんの歌う懐かしい歌を楽しんでいました。途中、日本の演歌「りんご追分」や「舟歌」が飛び出し
驚きましたが、Mariさんの迫力ある歌い方は、演歌もシャンソンも同レベルに心に響くものということを実感したのは、パリでの新鮮な発見でした。
今日は、ここまで。改めて、小沢さんが出版しているパリの情報誌:Oveniと彼女が出版した
「40年パリに生きる」をご紹介します。
驚きましたが、Mariさんの迫力ある歌い方は、演歌もシャンソンも同レベルに心に響くものということを実感したのは、パリでの新鮮な発見でした。
今日は、ここまで。改めて、小沢さんが出版しているパリの情報誌:Oveniと彼女が出版した
「40年パリに生きる」をご紹介します。
2015年1月28日水曜日
最新パリ情報
ブログブログと思っているうちに、前回からすでに1か月が経過してしまいました。
先週パリから帰ってすぐにアップとおもっているうちにやはり、1週間が過ぎ、最新情報も古くなりそうです。1月15日にパリに着いたときは、過激派による悲惨な事件直後でもあり、緊張しました。
ルーブル美術館、シャンゼリゼ、オペラ界隈は、いつもより観光客も少ない印象がありましたが、
いつも滞在するサンジェルマン界隈のカッフェは、相変わらずのにぎわいで、少しほっとしました。
パリに行くと、どうしても目に映るのが、街中のポスターや落書きです。
今回は、いろんな店の入り口に、Je suis CharlieというB5位の印刷物が貼ってあるのが、
目立ちました。特別号は、3万部の予定が500万部まで増刷になったとのことですが、パリ名物の
キオスクのどこも売り切れの表示。今朝1200部届いたのに朝9時には売り切れだという説明に
3日ほど早起きして21日の帰国直前やっと1冊入手できました。
パリでの、最大の楽しみはセンス溢れるショーーウインドーを眺めることと、さりげなく工事現場に
描いてある絵、裏道の壁一面を作品化している落書き、地下鉄の大きなポスター、いつも歩きながら触発される感覚は、パリでしか味わえないものです。
先週パリから帰ってすぐにアップとおもっているうちにやはり、1週間が過ぎ、最新情報も古くなりそうです。1月15日にパリに着いたときは、過激派による悲惨な事件直後でもあり、緊張しました。
ルーブル美術館、シャンゼリゼ、オペラ界隈は、いつもより観光客も少ない印象がありましたが、
いつも滞在するサンジェルマン界隈のカッフェは、相変わらずのにぎわいで、少しほっとしました。
パリに行くと、どうしても目に映るのが、街中のポスターや落書きです。
今回は、いろんな店の入り口に、Je suis CharlieというB5位の印刷物が貼ってあるのが、
目立ちました。特別号は、3万部の予定が500万部まで増刷になったとのことですが、パリ名物の
キオスクのどこも売り切れの表示。今朝1200部届いたのに朝9時には売り切れだという説明に
3日ほど早起きして21日の帰国直前やっと1冊入手できました。
パリでの、最大の楽しみはセンス溢れるショーーウインドーを眺めることと、さりげなく工事現場に
描いてある絵、裏道の壁一面を作品化している落書き、地下鉄の大きなポスター、いつも歩きながら触発される感覚は、パリでしか味わえないものです。
2014年12月24日水曜日
今日は、クリスマス!
26日終了する赤星啓介さんの、今年のクリスマスイメージは、来年の干支の羊をテーマにした「church」。教会の屋根から飛び出すプレゼントを見上げる羊たちがかわいらしい。
毎年年末の恒例となった赤星さんの展覧会には、必ず翌年の干支をテーマにしたクリスマスの小品が展示される。12年前の羊は、空に舞いたつ羊たちだった。この干支シリーズを毎年買ってくださるファンも多い。もう何年続いているのか、遡るほうが難しいくらい
赤星さんは、ヴィヴァンで定期的に発表している作家の1人。大学を卒業した頃からほぼ
毎年発表してきた。銅版画の繊細な線と、アクセントにいれる手彩がやさしく決まっている。
こうして作家の成長と活躍をみながら展覧会が毎年続けられということは、画廊冥利に
つきるということなのか。
来年は、私の干支の羊年。おもわず時の速さに驚きました。
2014年11月24日月曜日
漱石と高倉健さんつづき
ブログを書きながら、いろんなことを同時進行しながらこなしていると、なにか物足りなさに気がつき、漱石のことは書いたが、健さんのことが足りなかった!
でも、健さんについては、私以上に世の多くの方がいろいろな思いをかみしめているのではないかという思いに至った。
ただ、漱石と違う、リアリティのある感慨は、すくなくとも数十年は同じ時代の空気を共有したという
思いが先行する。ふと、健さんという存在がいなくなるという喪失感は、時代の変化をまた象徴することなのかもしれない。それは、忘れかけていた自分の時代、存在にも深く関わってくる。
なんて、久々に感傷的気分になったが、一歩画廊の外にでてみれば、銀座はクリスマスムードで
にぎわっていた。
これが、現実なのでしょう!
でも、健さんについては、私以上に世の多くの方がいろいろな思いをかみしめているのではないかという思いに至った。
ただ、漱石と違う、リアリティのある感慨は、すくなくとも数十年は同じ時代の空気を共有したという
思いが先行する。ふと、健さんという存在がいなくなるという喪失感は、時代の変化をまた象徴することなのかもしれない。それは、忘れかけていた自分の時代、存在にも深く関わってくる。
なんて、久々に感傷的気分になったが、一歩画廊の外にでてみれば、銀座はクリスマスムードで
にぎわっていた。
これが、現実なのでしょう!
時代の象徴 漱石と高倉健さん
11月19日の朝日新聞文化欄に、大きくオーストラリア駐日大使による漱石と横尾忠則による高倉健さんへの追悼記事が掲載されていた。記事をゆっくり読もうと思いながら切り抜いたまま、なかば茫然状態でテレビのチャンネルをいろいろ変えながら健さんの追悼番組に見入ってしまった。ふと、我にかえると健さんが亡くなってもう1週間がたっていた。
先週まで、漱石の遺墨木版画展を開催しており、その中の1点がずっと気になっていいて、
その作品のことを書こうと思っていた矢先、健さんの訃報に動転していた。たまたま、今週はコレクションのポスターを展示する予定で準備していた中に、横尾忠則のポスターが
あった。しかも、健さんのポスターが。。。。
漱石の水墨画は、明治時代の伝統的な手法を生かしたものが多い。その中で1点「梧桐」という作品がある。画面の中心に凛として仁王立ちのように立つ梧桐は、明確に左右にさわやかな、力強い空間をつくっている。当時としては、非常に斬新な手法による空間の演出に思え、この作品からは、明治という時代感がまったくないことが不思議だった。
現代においてもおかしくない、見事な空間意識に惹かれていた。漱石の文学の普遍性が
2014年11月14日金曜日
黒子役:伊上凡骨と漱石の木版画
夕べ見たテレビの「和風総本家」で、たまたま木版画の刷りを決定する(ばれん)を
伝統的手法で作る職人さんを紹介していた。この番組は、主役をいかに伝統的日本人の技が支えているかという、黒子に徹した職人を逆主人公にした番組で、日本人に消えかけていた伝統への敬意と誇りを再認識させてくれる大変良い番組と時間があればみるようにしていた。
今開催中の「漱石遺墨木版画展」は、見る人が驚くほど自然に漱石の水墨画が再現されている。この木版画が制作された大正11年頃は、日本にまだ本格的な写真製版の技術が
なく、浮世絵の伝統を継承する版画師が新しい表現を取り入れる研究を始めたころであり、
当時の第一線で活躍していた凡骨がその技法に取り組んだ最初の人といわれる。
漱石とも親交のあった凡骨であったからこそ、水墨の滲む感じと漱石の気合いまで表現できたのではないでしょうか。その時、凡骨の手にも当時の職人さんが作った(ばれん)が握られていたことでしょう。
2014年11月12日水曜日
つれずれなるままに:またまたご縁
前回のブログから大分日にちが過ぎてしまいました。再開と宣言したのに。。。。。
月曜日から「夏目漱石遺墨木版画展」がスタートしました。
昨日たまたま寄られたお客様とお話しをしていると、その方がなにげなく「生前戒名」を
ご自分で決め、その名前の一部がなんと「則天去私」と知り、漱石の遺墨木版画集の
第一巻にその文字がはいっていることを伝え、元本をお見せすると大変感激なされました。
「則天去私」という言葉はしっていたつもりでも、それが漱石の言葉であったことは、
この遺墨木版画集に巡り合い、いろいろ調べているうちにわかり、これで長生きしてよか
ったという変な納得の仕方をしていたところでした。則天去私の言葉の意味も今なら、
そのまま素直に理解できる言葉として深く受け止められますが、いままでは言葉の記憶
程度で過ごしてきた気がします。
おもいがけず、お客様との会話からいろいろな世界が見えてきました。
2014年9月24日水曜日
つれづれなるままに。
つれづれなるままに
しばらくブログとご無沙汰していましたが、久々に高橋義治さんの版画展をすることになり、いろいろ準備をしているうちに、世のなかのいろんなご縁の不思議さについてあらためて考えさせられブログを書いてみる気になりました。
高橋さんの作品は、1985年に出版された五木寛之の「風の王国」の表紙になっていますので、記憶されている方もいらっしゃることでしょうが、なんせもう29年も前のことになります。先日、奥様から高橋さんの作品が選ばれたのは、たまたま飛行機の中で五木寛之氏と同席したご縁からと伺いました。
そういえば、私もそれよりずっと以前に、船の中で五木寛之ご夫妻と同席したことがあったため、いろんなことが思い出されました。
眠っていた記憶が、一挙に目覚めた感じです。
眠っていた記憶が、一挙に目覚めた感じです。
横浜とナホトカを繋ぐ航路で有名だったハバロフスク号は、当時といっても半世紀ほど前になりますが、日本からヨーロッパにいくシベリア鉄道経由の最初のステップでした。船の食事は、テーブルが決められており、同じグループが同席することになっていました。そこで同席したのが、まさに五木ご夫妻。
私は、パリ留学に行く途中であり、とてもお話上手な奥様の印象が鮮やかで、ご一緒の
五木氏は殆どしゃべらずなんと寡黙な方という印象だけが残りました。その時は、まだ
直木賞受賞前でどういう方かということは、船中2泊の会話では推測できませんでした。
その後、何年かして母がパリに送ってきた日本の雑誌に大きく直木賞受賞作家として載っていたのが、あの寡黙で大変繊細なイメージの五木氏で驚きました。その寡黙なイメージが突如崩れたのは、後年読んだ五木氏の小説のなかにでてくる、ヨーロッパ留学の女学生云々というかなり冷めた表現で、あの寡黙さは実は観察するためのものだったのかと気がついた次第です。
1980年に高橋さんの最初の個展をヴィヴァンで開催しましたが、その時高橋さんはすでにドイツで活躍しており、日本ではあまり紹介されていない銅板3枚を駆使した色彩版画は、日本でも好評のスタートをきりました。彩度を抑えた渋い色調に様々な記憶と印象が交差する幽玄の世界は、後年五木氏が「風の王国」の表紙に選んだのも、あの寡黙な
2011年11月23日水曜日
タンタンオレンジポスター
今年の秋頃から、タンタンの話題が目につくようになった。
タンタンは一昔前、パリに滞在していた頃からいたるところで目に入っていたので、てっきりフランス
で、フランス人が大好きな子供向け漫画くらいの認識しかもっていなかった。
それが、「何故、今日本で話題に?」とおもったら、12月からスピルバーグの
「タンタンの冒険」という映画が上映されるとのこと。改めて、タンタンのことを
調べると、フランスの作家ではなくベルギー作家エルジェの物語ということが
わかった。今頃知って御粗末とも思えるが、こういうことがなければまったく
くわしく知る機会が無かった。
ところが、このタンタンのポスターを自分で持っていたことすら、ずっと忘れていた!
年々記憶力の衰えを実感しているが、気をつけよう。
倉庫でいろいろなポスターを探していてたまたま見つけ出した。サヴィニアックのポスターの中にあり、サヴィニアックのことだけは、覚えていたのに、タンタンのことは気にしていなかった。
サヴィニアックはフランスで活躍していたポスター作家として、日本にもファンが多い。
彼がエルジェのタンタンをモデルに制作したタンタンオレンジのポスターは非常にインパクトがある。
1962年に印刷されそのまま保存されていたため、色も鮮やかに残っている。
大型サイズなのは、地下鉄などに貼るためのサイズだ。今では、ほとんど入手不可能な
レアーヴィンテージポスターになっている。
タンタンの前髪のカールは今のファッションと同じに見えるのに、100年も前の話としって
時代感覚が一度に錯綜した。
タンタンは一昔前、パリに滞在していた頃からいたるところで目に入っていたので、てっきりフランス
で、フランス人が大好きな子供向け漫画くらいの認識しかもっていなかった。
それが、「何故、今日本で話題に?」とおもったら、12月からスピルバーグの
「タンタンの冒険」という映画が上映されるとのこと。改めて、タンタンのことを
調べると、フランスの作家ではなくベルギー作家エルジェの物語ということが
わかった。今頃知って御粗末とも思えるが、こういうことがなければまったく
くわしく知る機会が無かった。
ところが、このタンタンのポスターを自分で持っていたことすら、ずっと忘れていた!
年々記憶力の衰えを実感しているが、気をつけよう。
倉庫でいろいろなポスターを探していてたまたま見つけ出した。サヴィニアックのポスターの中にあり、サヴィニアックのことだけは、覚えていたのに、タンタンのことは気にしていなかった。
サヴィニアックはフランスで活躍していたポスター作家として、日本にもファンが多い。
彼がエルジェのタンタンをモデルに制作したタンタンオレンジのポスターは非常にインパクトがある。
1962年に印刷されそのまま保存されていたため、色も鮮やかに残っている。
大型サイズなのは、地下鉄などに貼るためのサイズだ。今では、ほとんど入手不可能な
レアーヴィンテージポスターになっている。
タンタンの前髪のカールは今のファッションと同じに見えるのに、100年も前の話としって
時代感覚が一度に錯綜した。
2011年11月9日水曜日
■古き良き日本家屋のポスター
今回ご紹介するは千駄木の歴史ある日本家屋に飾られたポスターをご紹介します!
壁には四枚の物が貼られています。
一番左から日比野勝彦さんのポスター。
二番目は・・んーなんでしょう。。私の家ではないので分かりません・・んー
誰の部屋でしょう・・
三番目は横尾忠則さんのポスター。んー何ともこの歴史ある家屋とマッチしております。
四番目は手ぬぐいです。が歴史ある家屋特有の土壁に引っ付いているため、
接着物は使用していません。
ポスターのある部屋。
素敵じゃないですか。
部屋は我がヴィヴァンスタッフの山本嬢の部屋でした。チャンチャン♪
■最近特に目に入ったポスター
写真がぼけてすいません。
みなさんもうこのポスターは見ましたか?
北千住駅で見かけた、ここ最近張られてるポスターです。
しばらくブログはさぼり気味ですが、常にポスター
には気を付けて見ているつもりです。
が、ブログに紹介しようというポスターそのものがあまりありませんでした。。
紹介したいなーと思うポスターは昔から変わらないスタイルのいいちこ
のポスターぐらいです。
いいちこのポスターだけはいつ見てもハッとさせられるもんです。
あまりにも美しいポスターなのでパッと見、どこかの美術館の展覧会ポスターに
見えてしまう時さえあります。
そんな中
これは、久々に「お」っと思うポスターだと思いました。
まず、目立ちます。
でも目立つだけじゃなくレトロ感を生かした見せ方だと思います。
そして文句は「行くぜ東北!」
JRは毎回どこかの地方ををテーマにして大々的に宣伝していますが、
最近、どうやら東北には特に行って欲しいようです。
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