さて、これは大学時代の友人小沢君江さんが昨年緑風社から出版した本のタイトルです。サブタイトルはーオヴニー一筋ー。パリに住んでる方なら殆ど知っている、又旅行に行った方でもパリのどこかで目にしたことのある日本語パリの情報ガイド誌オヴニー。オヴニー誕生以前は、「いりふねという」タイトルで、ざらざらした紙と活版刷りの荒削りの感触が残る非常に素朴なものだった記憶があります。そのオブニーの最近版をいただきましたが、今は、印刷もオフセットとなりページも増え、情報も増え、パリの日本人社会がいかにフランスで活性化していることがよく伝わってくる内容です。小沢さんは、ご主人のベルナール ベローさん(彼も早稲田大学時代の友人です)とともに
この情報誌出版に人生の大半を過ごしてきたその過程での、さまざまな葛藤をとうして遭遇した
日本とフランス、日本人とフランス人の視点を率直に述べています。
オヴニーは、月2回発行され、日本から購読を申し込むことも可能です。
このオヴニーを出版している事務所は、パリにある日本カルチャーセンターともいえるエスパス ジャポン(ESPACE JAPON)の一角にあります。そこでは、日本語教室、料理教室、図書室(なんと2万冊の本を所蔵しています。)イベントスペースなどがあり、日本に関心のあるフランス人やパリ在住日本人が交流する場
となっています。パリに関心のある方にお勧めです。
2015年2月11日水曜日
2015年2月3日火曜日
パリのカッフェピアフで日本人シンガーの歌を聴く!
まだ、ブログ設定方法をよく把握していないため、せっかく昨日書き込んだカッフェ ピアフでの日本人シンガーの話と写真が消えていてショック!パリの街角イメージを添付しようとしたら、昨日
アップした写真の一部がでてきました。一体どうなってるのでしょう。ためしにアップしてみます。
アップした写真の一部がでてきました。一体どうなってるのでしょう。ためしにアップしてみます。
2015年1月31日土曜日
パリで日本人のシャンソンを聴く
先日パリに滞在したおり、大学時代の友人小沢君江さんから、カッフェ ピアフで日本人歌手がピアフとバルバラを歌うので聴きに行きましょうとお誘いがあり、なぜパリで日本人のシャンソンを?と一瞬思ったが、そこは、ピアフが生前通っていたカッフェ バーでその名も「Bar de la Piaf」といい、店内は、ピアフの思い出の写真やポスターが貼られ、ピアフの歌を聴くには最高のステージでした。みんな、片手にグラスを傾けながら、Kondo Masaharu氏のピアノ伴奏で、Mari Kazueさんの歌う懐かしい歌を楽しんでいました。途中、日本の演歌「りんご追分」や「舟歌」が飛び出し
驚きましたが、Mariさんの迫力ある歌い方は、演歌もシャンソンも同レベルに心に響くものということを実感したのは、パリでの新鮮な発見でした。
今日は、ここまで。改めて、小沢さんが出版しているパリの情報誌:Oveniと彼女が出版した
「40年パリに生きる」をご紹介します。
驚きましたが、Mariさんの迫力ある歌い方は、演歌もシャンソンも同レベルに心に響くものということを実感したのは、パリでの新鮮な発見でした。
今日は、ここまで。改めて、小沢さんが出版しているパリの情報誌:Oveniと彼女が出版した
「40年パリに生きる」をご紹介します。
2015年1月28日水曜日
最新パリ情報
ブログブログと思っているうちに、前回からすでに1か月が経過してしまいました。
先週パリから帰ってすぐにアップとおもっているうちにやはり、1週間が過ぎ、最新情報も古くなりそうです。1月15日にパリに着いたときは、過激派による悲惨な事件直後でもあり、緊張しました。
ルーブル美術館、シャンゼリゼ、オペラ界隈は、いつもより観光客も少ない印象がありましたが、
いつも滞在するサンジェルマン界隈のカッフェは、相変わらずのにぎわいで、少しほっとしました。
パリに行くと、どうしても目に映るのが、街中のポスターや落書きです。
今回は、いろんな店の入り口に、Je suis CharlieというB5位の印刷物が貼ってあるのが、
目立ちました。特別号は、3万部の予定が500万部まで増刷になったとのことですが、パリ名物の
キオスクのどこも売り切れの表示。今朝1200部届いたのに朝9時には売り切れだという説明に
3日ほど早起きして21日の帰国直前やっと1冊入手できました。
パリでの、最大の楽しみはセンス溢れるショーーウインドーを眺めることと、さりげなく工事現場に
描いてある絵、裏道の壁一面を作品化している落書き、地下鉄の大きなポスター、いつも歩きながら触発される感覚は、パリでしか味わえないものです。
先週パリから帰ってすぐにアップとおもっているうちにやはり、1週間が過ぎ、最新情報も古くなりそうです。1月15日にパリに着いたときは、過激派による悲惨な事件直後でもあり、緊張しました。
ルーブル美術館、シャンゼリゼ、オペラ界隈は、いつもより観光客も少ない印象がありましたが、
いつも滞在するサンジェルマン界隈のカッフェは、相変わらずのにぎわいで、少しほっとしました。
パリに行くと、どうしても目に映るのが、街中のポスターや落書きです。
今回は、いろんな店の入り口に、Je suis CharlieというB5位の印刷物が貼ってあるのが、
目立ちました。特別号は、3万部の予定が500万部まで増刷になったとのことですが、パリ名物の
キオスクのどこも売り切れの表示。今朝1200部届いたのに朝9時には売り切れだという説明に
3日ほど早起きして21日の帰国直前やっと1冊入手できました。
パリでの、最大の楽しみはセンス溢れるショーーウインドーを眺めることと、さりげなく工事現場に
描いてある絵、裏道の壁一面を作品化している落書き、地下鉄の大きなポスター、いつも歩きながら触発される感覚は、パリでしか味わえないものです。
2014年12月24日水曜日
今日は、クリスマス!
26日終了する赤星啓介さんの、今年のクリスマスイメージは、来年の干支の羊をテーマにした「church」。教会の屋根から飛び出すプレゼントを見上げる羊たちがかわいらしい。
毎年年末の恒例となった赤星さんの展覧会には、必ず翌年の干支をテーマにしたクリスマスの小品が展示される。12年前の羊は、空に舞いたつ羊たちだった。この干支シリーズを毎年買ってくださるファンも多い。もう何年続いているのか、遡るほうが難しいくらい
赤星さんは、ヴィヴァンで定期的に発表している作家の1人。大学を卒業した頃からほぼ
毎年発表してきた。銅版画の繊細な線と、アクセントにいれる手彩がやさしく決まっている。
こうして作家の成長と活躍をみながら展覧会が毎年続けられということは、画廊冥利に
つきるということなのか。
来年は、私の干支の羊年。おもわず時の速さに驚きました。
2014年11月24日月曜日
漱石と高倉健さんつづき
ブログを書きながら、いろんなことを同時進行しながらこなしていると、なにか物足りなさに気がつき、漱石のことは書いたが、健さんのことが足りなかった!
でも、健さんについては、私以上に世の多くの方がいろいろな思いをかみしめているのではないかという思いに至った。
ただ、漱石と違う、リアリティのある感慨は、すくなくとも数十年は同じ時代の空気を共有したという
思いが先行する。ふと、健さんという存在がいなくなるという喪失感は、時代の変化をまた象徴することなのかもしれない。それは、忘れかけていた自分の時代、存在にも深く関わってくる。
なんて、久々に感傷的気分になったが、一歩画廊の外にでてみれば、銀座はクリスマスムードで
にぎわっていた。
これが、現実なのでしょう!
でも、健さんについては、私以上に世の多くの方がいろいろな思いをかみしめているのではないかという思いに至った。
ただ、漱石と違う、リアリティのある感慨は、すくなくとも数十年は同じ時代の空気を共有したという
思いが先行する。ふと、健さんという存在がいなくなるという喪失感は、時代の変化をまた象徴することなのかもしれない。それは、忘れかけていた自分の時代、存在にも深く関わってくる。
なんて、久々に感傷的気分になったが、一歩画廊の外にでてみれば、銀座はクリスマスムードで
にぎわっていた。
これが、現実なのでしょう!
時代の象徴 漱石と高倉健さん
11月19日の朝日新聞文化欄に、大きくオーストラリア駐日大使による漱石と横尾忠則による高倉健さんへの追悼記事が掲載されていた。記事をゆっくり読もうと思いながら切り抜いたまま、なかば茫然状態でテレビのチャンネルをいろいろ変えながら健さんの追悼番組に見入ってしまった。ふと、我にかえると健さんが亡くなってもう1週間がたっていた。
先週まで、漱石の遺墨木版画展を開催しており、その中の1点がずっと気になっていいて、
その作品のことを書こうと思っていた矢先、健さんの訃報に動転していた。たまたま、今週はコレクションのポスターを展示する予定で準備していた中に、横尾忠則のポスターが
あった。しかも、健さんのポスターが。。。。
漱石の水墨画は、明治時代の伝統的な手法を生かしたものが多い。その中で1点「梧桐」という作品がある。画面の中心に凛として仁王立ちのように立つ梧桐は、明確に左右にさわやかな、力強い空間をつくっている。当時としては、非常に斬新な手法による空間の演出に思え、この作品からは、明治という時代感がまったくないことが不思議だった。
現代においてもおかしくない、見事な空間意識に惹かれていた。漱石の文学の普遍性が
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